サスライシェフ、イタリアを喰らう!!!

イタリアで料理人として働いた13年。。。新天地を故郷鹿児島に移し夢を現実とする為に奮闘する毎日を綴ったブログっ!!

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01 2009

サスライシェフの「解体新書~豚編~」

回のハトに引き続いて、今回の主役になったのは。。。

  「ブヒ~っ!!」  の子豚ちゃんです。

日本では豚は普通に流通していても子豚はなかなか普通には手にはいらないと思います。
こちらでは子豚はもちろん子羊・仔牛など、乳しか飲んでいないような動物たちも普通に食卓に上がります。なんといっても小や仔が付く名前の動物たちのお肉は柔らかく、臭みもなく、なにわともあれ独特の優しいミルクの味がするのです。お乳しか飲んでいないわけですから当然のことなんですけど、イタリアに着た当時はちょっと残酷な気がしましたが、今では大切な食材の1つとして頂いています。
10年前、ローマについて初日にはじめて食べたのが「スコッタディート(乳のみ子羊のグリル)」で軽くローズマリーとニンニクの利いた肉の美味しさは今でもしっかりと覚えています。
ちなみに「スコッタディート」とは「指を火傷する」って意味なんですけど、グリルで焼かれて熱々になっている子羊の肉を、手にとって直接食べるので指が熱くてかなわないってところから着いた名前なんですね。イタリア人の洒落た名前のつけるこの感覚。。。おもしろいものがあります。
 で、子豚ちゃんの話に戻りますが、今回は子豚ちゃんの背肉を使いましてローストにしていく風景をupしていきます。

まずは解体から。。。
   mare 010BLOG M,AI

やはり子豚だけあって小さいのでやり易い。。。(笑)


あ、ちょっと話はずれますけど、これは200kg近くある豚で、何度か豚を解体しそれをサラミやプロシュートにしていくのを手伝った時の写真ですが。。。
   mare 001BLOG   mare 002BLOG
 
まず、最初は豚を殺すところからはじまります(涙)豚小屋に「殺し屋の○○○」と呼ばれる人が入りドアが閉まります。そしてそれを感じた豚が暴れ始めます。そして数分後乾いた音が「パーン」ってなって豚の鳴き声も止まり、殺し屋がちょっと半分血まみれになってドアからでてきます。(なんか西部劇みたいだけど。。。笑)そこから豚の処理が始まるのだけども、まずは豚の毛をバーナーで焼いていき、その後は専用のナイフで水洗い流しながら皮膚の表面をきれいにしていきます。
それから5人がかりくらいで豚を天井に下げ、腹を裂いて内臓をとりだしていくのですが。。。
   mare 003BLOG   mare 013 KEI

豚を解体するのは年明けの1月中旬ごろ。アブルッツォ州とモリーゼ州の間に位置するこの町はすでに標高1000メートル越えていて、かなりの極寒の中での作業なのですが、この寒さの中だと、当然さっきまで生きていた豚からは「湯気」がたっているのです。しかも初日の日は近所の野次馬もきて人がけっこういるにもかかわらず2日目以降は写真に写ってる親父2人と僕だけ。。。
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いつも冷蔵されている肉を扱う僕らですが、さすがに自分の体温と一緒のものの腹の中に手を突っ込むのは、なんか勇気がいりました。
そんなこんなで内臓を取り出したところですでに一日目が終わり、2日目は豚2頭を解体し、各パーツに分けていき、サラミ用にミンチにする所はミンチにするわけです。それだけですでに2日目も終わり。一日中包丁手にしているので、さすがの僕も夜は腕が筋肉痛。
   mare 007BLOF   mare 008BLOG

3日目にてようやく腸詰。朝から晩までひたすら腸詰。そして天井に全てをぶら下げて燻製をかけて帰るのです。他のパーツは塩づけにしたりします。
   mare 014 BLOG   mare 016BLOG

その燻製もその後1週間ほど続け、一ヶ月感想させたのちできあがります。当然このサラミ一年分の彼らの食卓を支えるわけです。ま、作る家庭は決まっていますが、日本でいう「味噌作り」とかと同じ感覚なんでしょう。「母の味」は各家庭によって味も違いますしね。ただ、豚(サラミ作り)に関してはほとんど「男性」中心で作りますけど。サラミは「男の味」ってところでしょうか。。。

ってなことで子豚でしたね。。。。(笑)

ちょっと前説が長くなってしまったので。。。。また、明日。。。(爆)

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Posted by sasuraichef | 13:51 | Comment [4] | TrackBack [0] | フライパン交響曲第7番イ長調 作品36「ベルコーレ」

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こんにちは。
去年の冬、チンギアーレの狩りに連れて行ってもらい、その後解体を見ました。
グロかったですが、こおゆう過程を知る事によって考え方を変えることが出来ますよね。それに改めて肉食の国だなぁって思いましよ。

Commented by koudai [URL] | 07/02 22:53| edit

CIAO!!KOUDAI君

現在の日本では法律上、屠畜は決まった場所でしか行えないのでこういうことはなかなか体験できないんだけど、こういう経験をすると人間として「生と死」をまじかにすることで命の尊さを感じることができたり、もちろん料理人として食材に対する考え方が変わってきたりしますよね。
一般的には解体され冷蔵されてくる食材を扱うのがあまりにも普通で、肉一個の塊に「命」を感じることさえも難しいけど、豚の体温を感じ血の匂いを感じ。。。そんな作業をしていると「命」の重さを凄く感じると共に、ある種の興奮を覚えます。それは古来の狩猟民族の名残なんでしょうか。。。
スペインの闘牛などと興奮と同じなのでしょうか。。。

本当、豚なんか捨てるところはない。爪以外は全て使いますから。もちろん血も。。。
食材の命を感じる事ができるいい経験だと思います。

Commented by sasuraichef [URL] | 07/03 08:25| edit

 うむむむむっ(苦渋)・・・。
 幼い時分、叔父が旧国鉄運転士ながら、冬ともなれば猟師と化し、ドーベルマン二頭と共によく狩猟に付き合いましてね、その頃のイノシシを解体する作業を思い出しました。何より血なまぐさい匂いが強烈に辺りを支配するのですが、やはりまだ息も絶え絶えながら生きている動物がその命を落とす瞬間、正確には命を終わらせる瞬間は僕には正視することが出来ませんでしたね。いま思えば厳粛な一瞬なのでしょうが、生態系として野生種が増えすぎればまたそれはそれで問題であり、ある程度の“狩り”は必要なのでしょうね。

 >こういう経験をすると人間として「生と死」をまじかにすることで命の尊さを感じることができたり、もちろん料理人として食材に対する考え方が変わってきたりしますよね。

 僭越ながら、物事はやはり一元的に捉えるべきではないという、言わば証左みたいなものでしょうね。

 ひとつの命の重さと共に貴重なお写真を拝見させていただいて有難うございました。丈
 

Commented by 美城丈二 [URL] | 09/30 19:56| edit

今の日本ではトサツすることは決まった場所でしかできないわけですが、一昔前までは田舎ならどこでもあった風景。
時代がかわり発展していくこともいいですけど、こういう感情を今は感じることがすくなくなってしまっていますよね。
人間ならば絶対に必要な感情なのでしょうけど。。。

Commented by sasuraichef [URL] | 09/30 21:50| edit

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