サスライシェフ、イタリアを喰らう!!!

イタリアで料理人として働いた13年。。。新天地を故郷鹿児島に移し夢を現実とする為に奮闘する毎日を綴ったブログっ!!

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15 2011

遠くなる故郷へ。。。最後のドライブ

今週の半ば3日間ほど、イタリアでの生活のほぼ9割を過ごしたChiusi・Chianciano、そしてウンブリア州はAmeliaとCivita di Bagnoregioの町へ行ってきました。

1日目は昼過ぎにフィレンツェを出発。夕方ChiusiのVilla il Patriarcaへ到着。

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すでにこのブログをご覧の皆さんは知っていると思いますが、99年から2008年までの9年間、僕の働いた職場です。2002年ミシュランから星を獲ったレストランは、2011年版でも星を保持し続けています。もちろんホテルも4星です。
 ではなぜ今回ここのホテルを選んだかというと、日本への帰国前の最後の挨拶をする為にこのゾーンをあちこち移動することに便利なことと、9年間働いたといっても一度も客室には泊まった事はありませんでしたから(笑)

事前に普通に予約を入れたのですが、オーナーが日本に帰る前の思い出にとある部屋を用意してくれました。
なんと25室あるうち2部屋しかないスイートでした。。。(驚っ!!)
ホテルのパンフレットでしか見たことない部屋(笑) 


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広い部屋、ワイドTV、そして天蓋のかかったベッド(笑)

狭い部屋、テレビなし、IKEAのベッド、蚊避けの網戸のある窓で生活している僕はちょっとおちつかなかったですけど(爆)

夕食はオーナーと一緒にすることになっていたので、それまでの時間は近くのCetonaの町へドライブ。


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この時期特に観光客がいるわけでもなく、ほとんどの店が閉めているので閑散としているけど、ちょっと小高い場所に上ると素晴らしい景色が目の前に広がる。
閑散としてちょっと悲しげな町、野焼きで枯れ草の燃える香り、夕焼けのオレンジ色からグレー、そして吸い込まれそうな黒色に変っていく夜の始まりを告げる空。
なんかジーンとくるな~。。。


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夕食はオーナー夫妻と子ども達も一緒に、タベルナで伝統料理を食べる。
思い出話をつまみに、Tボーンステーキや赤ワインを堪能。
普通の笑い話、今だから笑える話(当時は笑えなった・爆)などなど話も尽きず、気がつけば午前1時前(笑)


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みんなへ記念のプレゼントを配る為に、手作りの僕の料理のスケッチを描く。
まさに締め切りに追われた漫画家のよう(笑)


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そして力尽き爆睡。。。zzzzzzzzz

朝には完成された作品と睡魔との死闘での興奮状態で、なぜか鼻血のでたわたし~(爆)


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ホテルの朝食もゆっくり楽しみ、10時にウンブリア州はラッツィオ州にほぼ近いAmeliaの町へ出発。

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ホテルの目の前から高速を使い一時間ほどの道のり。
相方の友達へ会いにきたのだが、連絡のすれ違いでうまく会えず、諦めかけながらお昼になったし昼飯を食べていたら、そこに友達から連絡があり最終的に会うことができました。ぎりぎりセーフって感じでしたけど(笑)


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食事の後は彼が働いている現在建築中の、あるレストラン兼スパ(ビューティーファーム)の建設現場へ。。。

まだ時間はかかりそうでしたけど、内装も出来上がってきていて素晴らしい建物になることが想像できました。
周りはまったくの自然。。。こんな自然の中でゆっくり働けたらな~と思うのでありました(笑)


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Ameliaを後にして向かった場所はCivita di Bagnoregioという、映画「天空の城ラピュタ」のモデルにもなったと言われるほど、独特の形をしている町。
この町は別名「死に行く町」「滅び行く町」と云われ、町の入り口の道路標識にもイタリア語で「il paese che muore(死に行く町)」としっかり 書かれています。


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地震での陥没や長年の風雨のせいで、砂浜の砂の城を崩す遊びで取り残された部分になってしまっているのです。
まわりは360度なにもありません。

まさに天空の城。。。



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町へ繋がるのはただ一本の橋。現在はしっかりとした橋が繋がっていますが、一昔前はつり橋だったり、橋さえもなかったりしたそうです。
それでも全盛期には数百人の住民がおり賑やかな町ではありましたが、現在は5人ほどしか住んでいません。

ほんとに「死に行く町」です。

このまま侵食が進み町を出て行く人が続くと完全に廃墟になってしまうでしょうね。。。


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橋を渡り無人の街を歩きましたが、だれもいない町は物悲しく、本当にラピュタを思い出してしまいました。
どこからともなく巨人兵があらわれるのではなかろうか。。。と
そんな気分になりながら、夕日に輝きそして暗闇に落ちていくCivita di Bagnoregioを後にしてChiusiに戻るのでありました。


夕食は僕のイタリアでの師匠とも言えるサルバトーレと、その甥っ子ビートの働いているレストランで食事をとりました。サルバトーレと同時期にパトリアルカに入り、その3ヶ月後見習いコックだった僕は彼に認められ、正式に契約を交わしその後5年の時間を彼と共に働きました。
その間ミシュランから星を獲り、その後彼が辞めた後は僕が彼の後を継ぐことになり、その後4年の間シェフとして働くことになったのです。
彼に出会っていなかったら、今の僕はないといっても過言ではないでしょう。


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そんなサルバトーレに最後に挨拶がしたくて一緒に食事をしたわけです。
ここで久しぶりにあったビートとも、当時「最強だったチーム」で一緒に働けたことは最高の思い出だと言われ、当時のことを走馬灯のように思い出してしまいました。

やはりここでも、今でこそ笑える話で盛り上がりました。もうここには書けない内容のことばかりです(爆)

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思い出話は尽きることがないですが、最後にお別れをしてホテルへ戻りました。


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3日目は、これまたお世話になったレストラン・ラバールバロへ行き挨拶。イタリアでのイタリア人の「おかん」というべき存在のミケリーナおばちゃんにも会え最後の挨拶ができました。よくしゃべるんです。黙っている時を見たこと無い(笑)

そしてキアンチャーノの町でランチをとり夕方にはフィンレンツェに戻ってきました。


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僕の思い出の地、Chiusi・Chiancianoでゆっくりみんなに会えることができ最後の挨拶ができたので、最高の3日間を過ごせました。


そしてさらに3日後の昨日、この2年たいしたトラブルもなく、北へ南へ西へ東へと楽しい旅に連れて行ってくれた我が愛車97年型のFIAT PUNTOちゃん。。。新しいご主人様のもとへと旅立っていきました。

2年間ありがとう。君のおかげで沢山の思い出ができました。


友人・知人への挨拶回りもほぼ終わり、車も手放し、イタリアでのトータルの滞在日数も1週間ほどになってしまいました。

明日から3週間、シンガポールで仕事ですっ!!

(3月8日にイタリアへ一度戻り、最後の整理をして、3月16日ローマから日本へ旅立ちます。)



次回「シンガポールを喰らうっ!!」お楽しみに~♪

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Posted by sasuraichef | 08:20 | Comment [7] | TrackBack [0] | サスライ・股旅・一人旅・・・のち時々二人旅

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すばらしいですね!
前に拝見した時,僕が初めてイタリアに長期滞在したのがモンテプルチアーノ音楽祭(1982)でキウジはそのすぐ傍,懐かしかったので読み進んだのでした。
ソフトもハードも,周りの雰囲気も含めたこういうオーベルジュと言うかVillaを鹿児島に造るんだろうなー、と確信しました,勝手に。
シンガポールで仕事してからイタリア経由で日本ですか?!
お疲れさまです!楽しい仕事を!

Commented by Toru [URL] | 02/15 20:23| edit

いよいよ帰国が近づいてきましたね。
本当にお疲れ様でした。
もう逢えない可能性の方が高いと想うと辛い別れですね。
シエナでお世話になった家族に90過ぎの婆ちゃんが居ました。
またねって言いながら泣きそうになりました。




日本は便利で住みやすいですが、それを支えている人々からは何か影というか、冷たさを感じます。デパ地下やレストラン、コンビニ、どこに行っても気持ち悪くなるような上っ面の挨拶を受け、ぎこちない悪びれたようなスマイル…イタリアで感じた考え方の違い、そして帰国して感じた気持ち悪さ。なんだか色々違和感を感じてます。

Commented by (mstk)a.it [URL] | 02/15 23:26| edit

>Toruさん

1982年のモンテプルチャーノって。。。凄い前じゃないですか!?
モンテプルチャーノのまではキウジの駅からバスが出てるんですよね。ワインも美味しいし、もちろん料理も最高っ!!
ま、小さいながらもそんな雰囲気がでるお店がしたいのです。
一度イタリアに戻って、嫁さんつれて帰ります。忘れちゃいかんので(汗)



>(mstk)a.it さん

たしかにもう二度と会えない方もいると思うのです。
出会いの数だけ別れがあるとはよく言ったものですが、本当に心がキューンとしてしまいます。

「上っ面の挨拶を受け、ぎこちない悪びれたようなスマイル。。。」
マニュアルどおりの挨拶は僕もあまりすきではありません。
もっと生きている挨拶や会話。。。僕が日本に帰ってやりたいのは、料理だけではくこちらで感じたサービスです。ぼくらができることは、こんな雰囲気を楽しんでもらい、そして伝えていくことだと思います。
「人と食」を相手にしている職業。。。最高じゃないですかっ!!

Commented by サスライシェフ [URL] | 02/16 00:17| edit

何だか、在伊でホントに素晴らしい経験と人生を歩まれましたね。
羨ましくも、自分ももっと早い時期に、、、と思ってしまいました。

自分は、すごく短い1年間と言う期間限定ですが、サスライシェフさんは
自分の10倍の期間を過ごされたと言うこと、、、ホントにすごい事だと思い
ます。

日記を読み進む程に、自分の甘さと「ブレ」に、、、(焦)

思い出の土地に人、最後になるかも知れない方々との再会。
そして素晴らしい景色。きっと、それ以上にココロや脳裏に刻まれた「時」が有るのだろうと思います。

自分も在伊中に、どこまで出来るか?何か出来るか?何を得れるか?
短い分、もっと考えてみたいと思いました。が、、、日々に忙殺されてる自分に、、、ですが^^;;

何はともあれ、在伊の最終章?
次のステージで顔晴って下さいね!^0^

Commented by @雅 [URL] | 02/18 10:36| edit

最後のお別れ・・・・辛いけど又より深い友情ももらえる。永遠にね。

「ぎこちない悪びれたようなスマイル」よく質問されたよ外国の人に「どうして?」と。

私考えた末の結論は言葉の壁が「笑ってごまかす」のラクチンへ流れてしまっている。しかし、外国の人には「耳が聞こえないの」と写ってしまう。それに加えて自己中心的になってきたおかげで真剣にお付き合いが出来ない。一番の悪は「事なかれ主義?」要は議論をするだけの気力と能力がないのでさらりとすり抜ける技になってしまったのかも?

そういう慣習の元に生きている人たちを「サスライシェフとYossy」が奮闘しながらそれでも笑顔で仕事できるようにお迎えしなくては・・・・ね。

楽しみに待ってま~す。

Commented by keimatsu [URL] | 02/18 11:36| edit

@雅さん、keimatsuさん

シンガポール入りして3日ほどネット環境が整なわずお返事遅れました。
イタリアの13年もなかなか濃い時間でしたが、これから日本に帰って、日本で生活していく時間はさらに長く、もっと濃い時間になると思います。
いつまでも感謝の気持ちを忘れずに生きていこうとおもいます。
僕も楽しみです。

Commented by サスライシェフ [URL] | 02/21 01:05| edit

「ぎこちない悪びれたようなスマイル」...田んぼを中心にムラが形成され文化が発展した日本という国は、争いを極力避ける。争いの原因は「村八分」にして封印したわけですよね。スマイルというのは、何か問題があったときに「とりあえず」敵ではないという表明なんだと思います。笑ってごまかすなというのはそういうことから来ているんじゃないかしら。本質(問題)から遠ざかることで、とりあえずその場を取り持つDNAみたいな?(笑)

ここに日本の経済を発展させた「誰が抜けても同じサービスを与えることができる」ってのが加わるわけですよね。それってマニュアル化。マニュアル化って本来はお客さんがいつでも同一のクオリティーのサービスを受けることができるためのものだけど、そのマニュアルが浸透しすぎて、マニュアルがないとダメになってしまった。マニュアル以外のことに対応できない→脳みそつかっていないってことだもんね。。。そこに笑顔がつくと「?」ってことになるんですよね。だからすごく日本的。このマニュアルってのは、サービス側のサービスの一環だったんですけど、今となってはお客のほうもどこでもいつでも同じサービスがないとクレームになってしまう。だからやめられないというスパイラル。
それが進むからだんだん機械的になるわけでしょ。当たり障りなく、極力失礼のないように、でも、あまりかかわらないように。。。そういう「便利な」社会なのですよ、日本は。


イタリアにはありえない。イタリアには極上の笑顔とものすごく不機嫌な顔。不機嫌顔のほうが多いかも。(笑)朝起きてイライラしたことがあったら、それをそのまま他の人にぶつける国ですから。だからマニュアルなんてありえない。サービスもその個人の能力次第。これが公共機関でも同じだからたまったもんじゃありませんがね。。。イタリア人は逆の意味で脳みそ使いません。(思ったことを脳みそ通さずにしゃべる。。。汗)ただし、そこに人の生きた感情を感じます。でも疲れますよ、エネルギーが全部そっちに吸い取られちゃう。(爆)仕事に忙殺される日本では、そんなところまでにエネルギーを使えないのではないでしょうかねぇ。だから豊かなはずなのにこんなに自殺率が多かったりするのかなぁなんて考えたり。

まあ、あたし個人としては不気味でも笑顔のほうがまだいいんじゃない?といろんな場面で不機嫌なイタリア人に痛い目にあったことのあるあたしは思ってしまいます。(笑)あたしの仲良しイタリアオトコは、日本人(女子)はいつもニコニコしてていい。イタリア女はあんなに微笑んでくれないよ、って嬉しそうに言っていましたよ。笑顔よりマニュアルに頼ることのほうを早急にやめたほうがいいと思いますよ。上っ面と感じるのは棒読みだから。頭は使わないとほんとうに退化しますんでね。(爆)


比べてもしょうがないよ。どこだって一長一短、五十歩百歩。

Commented by yossy [URL] | 02/21 09:08| edit

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